上永谷の自動車男店長と話してたらそんな話になって、妙になんだかすとーんと肚に落ちちゃった。

これはものすごい発見、再定義だと思ったので、まだ温かいウチに報告です。

さて、
モータースポーツはスポーツと名はついてはいるが、スポーツではなかった。

何を言ってるかわかんねーと思うが、(ポル自重)

モータースポーツってどこかで、金持ってるやつが勝つよね、的なことが言われるけど、まーそれだけじゃないけどそういう要素も多分にあって、で、それの何が悪いの?って視点に立てます。

それどころか、モータースポーツがいまいち我が国で定着しない、盛り上がらないのは、そもそも定義が間違っているからだ、
という視点にすら立ってしまうのです。

どういうことか。

だんじり祭ってありますね。
だんじりを作り上げて、町を駆け抜けますよね。

いい大人がだんじり(レーシングカー)を保守したり作っちゃったりして、大工方、曳き手(ドライバー、ピットクルー)が町(レーストラック)をとんでもないスピードで駆け抜けちゃったりしちゃうんですよ。

で、それを町のみんなで応援したりして盛り上がっちゃったり。
出店が出ちゃったりしちゃうんですよね。

岸和田を、ル・マンやニュルの24hと置き換えてみてくださいよ。

まさに町の祭になっているはずです。
祭の中の勝敗はそれぞれのチームやドライバーのものなんでしょうけど、それ以上に、祭全体としては町の人たちのものですよね。

規模の大小はあれど、根幹はそういうことだと思うんですよね。

競技ありきで企画するのではなく、おまつり、フェスティバルとして地域に組み込むことを目指すべきだと思うのです。

そしてそれがまさに歴史、文化につながると考えられるのではないでしょうかね。

鈴鹿のF1はそれに近いのかな?

ただやっぱり、イベンター、プロモーターがきて、全部設えて、町はそのおこぼれを拾う、ってんじゃ違う。

主体を町の人たちへ持っていくにはどうしたらいいんだろう?

うーん壮大になってきた(笑)

てか、みんな知ってたのかな?
知らなかったの俺だけ?

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