スポーツ走行といえば、タイムアタックやレースのように計測されるタイムとは切っても切れない関係にあると考えられる
◯◯サーキットでベストタイム✕✕秒!というのは確かにわかりやすい指標である
しかし車種も違う、タイヤも違う、パワーも違う、車重も違う・・・これではタイムの差でうまいのかどうか評価の軸を見いだせない
ワンメイクレースで車輌がイコールコンディションに近いものであれば、確かに"車輌操縦のうまさを構成する速さというファクター"がひとつ抜けているという評価は妥当かも知れない
でも予選でトップタイムを叩き出した者、レース中のベストラップタイムが速い者が優勝したのかといえば必ずしもそうではない
混戦の中の位置取りであったり、後半に向けてのタイヤやエンジンの温存であったり、先行車・後続車への駆け引きであったり、燃費の良さであったり、それらを可能にするセッティング能力であったり
そういった様々な要因の総合的な評価が車輌を操縦するうまさであると言えるだろう
そう、後の章『うまい、を定義する』でも説明するが、"速さ"とは車輌を操縦する上でのうまさの一つの要素に過ぎないのである
たしかに、タイムの速さはひとつの結果であるので、わかりやすい目標と設定しやすい
しかしそこで敢えて「タイムに囚われない」ことの重要性を説くのか書いていこう
タイムに囚われるべきでない理由は以下の通りである
- 危険度が増す
- 外的要因に左右されやすい
- 燃え尽きやすい
数秒単位で短縮したのであれば、それはわかりやすく上達したといえるだろうが、1000分の何秒、100分の何秒、もっといえば車やコースによっては10分の何秒、1秒くらいは誤差の範囲だ
説明していこう
危険度が増す
タイムに囚われたときの最も多いのがブレーキを奥まで我慢するという行為なのではないだろうか
これは実際ほとんど意味が無いか、むしろ弊害しかなく、タイムが速くなることもない上に単に危険なだけであるという最たるものだ
制動から曲げるきっかけをつくるトレイルブレーキングに移行しコーナリング姿勢を整えるのにかかる時間や距離は変動させようが無く、制動が奥に行くことでトレイルブレーキングのタイミングに割り込んでしまったりすれば、自車の旋回タイミングも遅れ、さらには加速開始も遅れる
熱力学的にも減速で回転エネルギーから熱エネルギーに変換するのは100%の効率だが、燃料を燃焼させてそれを回転エネルギーに変換する効率は良くても2割程度なのだ
もちろん、失敗の度合いによってはコースアウトすることもあるだろう
また、視野が狭くなることによる弊害も発生しやすくなる
視野が狭くなると、周辺の車輌、路面状況、ポストの旗、自車の不具合(べーパロックやフェード、タイヤの熱ダレ等)など、気づかなければならない多くの事を見落とすようになる
運転とは認知・判断・操作の連続である
視野が狭くなることでそのはじめの"認知"するための情報取得の量つまり判断するための材料が減る
当然その後の操作もその少ない情報から行われるのだからより良い結果が得られないことは必然である
さらに、視野が狭くなることと関連するが、他車へのリスペクトを損ないがちだ
特にタイムアタック経過中のセクタータイムが良いと、行く先のレコードライン上にいる車輌が目障りになってくる
そのような心境で走行すれば、先行車とのちょっとした意思疎通の齟齬で接触したり、大きな事故にもつながる可能性が高くなる
いずれも、タイムに囚われることによって自車や自分自身の限界を超えてしまったり、自ずから限界を下げてしまうことにつながってしまう行動をとってしまいやすくなる
当然、車を速く走らせようとしているのだから少なからずリスクというものは存在している
しかし、であるからこそ不必要なリスクは除外する必要があるのだ
外的要因に左右されやすい
例えば気温、気圧、湿度によってエンジン出力は大きな影響を受ける
エンジンとは、良い混合気・良い圧縮・良い点火によって出力が正しく行われる
この良い混合気とは、良い霧化ともいわれ、A/F(Air by Fuel、燃料に対する空気量)比率とともに空気中に燃料成分が満遍なく綺麗に混合されている必要がある
空気は温度により同体積中に含まれる酸素量が変化する
気温が高いと空気は膨張し、同じ体積中の酸素量は低下する
燃料が酸素と結合することによって燃焼という化学反応を連続的に起こし、燃焼室で膨張してピストンを押し下げることでクランクを駆動させて回転エネルギーに変換するのだが、この燃料と酸素の結合が多いほど燃焼エネルギーが増えるのだ
つまりなるべく気温が低いほど酸素量が多いため、より燃料を飲み込ませることが可能となり、燃焼エネルギーは増大する
しかしあまりに気温が低すぎると燃料が気化しづらくなり、霧化が悪くなって混合状態も悪化するため、ちょうど良い気温という条件は満たしたい
そして気圧
気圧が高くなればより多くの空気が充填しやすくなる
必然的に同体積に含まれる酸素量が増えるため、上記と同様燃焼エネルギーの増大が期待できる
湿度も同様、同体積に含まれる空気と水の割合の関係で、湿度が高ければ相対的に空気の割合が減るために酸素量が減少する
タイヤのグリップも路温に大きく作用されるファクターだ
タイヤは設計として最もよく作動する温度というものが設定されており、暑すぎても寒すぎても適切に作動しない
気温によるエンジン出力の話を上述したが、エンジン出力が高まっても路温が低すぎてグリップが出なければタイムは出ない
温度もそうだが、路面側の条件もある
汚れやラバーの乗り加減、ホコリ、砂、さらにいえばアスファルト自体の新しい・古いで摩擦係数が変化する
前日に雨が降ったとか、別カテゴリー(2輪の走行、ドリフト走行など)によるラバーのつき方の違いとか、路面改修されたとか
現実世界だけでなく、シミュレータの仮想現実でもそういったファクターは導入されている
このように、常に最良の気候、最良の路面コンディション、最適なタイヤ状況で走行できるとは限らないし、逆にいえば良いタイムが出たのはたまたまそれらの条件で比較的に優位に立てただけかも知れない
これは運転のうまさというより、ほぼ「運」である
当然良い条件のときに備えられる体制作り、と条件が揃っているが故に背負うプレッシャーに打ち勝つだけの技量がなければタイムは出ない
そういう意味で、タイム更新は競技としては当然ながら正しい
しかし、自分自身の上達具合を判断をするのには基準とするのはそぐわないと言わざるを得ない
燃え尽きやすい
これは諦めてしまう場合と、それとは逆に達成してしまった場合もある
ここまで読んでいただいた内容は、特にシミュレータで訓練をするという場合に強く言える
あくまでシミュレータとは現実を模したものであり、リアルタイム性のために落としている情報が多くあり、それを補完するための予測処理や保護機能が入っている
タイヤは最も難しく、タイヤメーカーが開発で使用するタイヤ挙動シミュレータはタイヤだけのためのスーパーコンピュータで動作させている上に、リアルタイムに走行状態をモニタリングするほどの処理速度は出せない
いくらリアルだといっても、どこまでいってもシミュレータはシミュレータなのである
そもそも、リスクに関してはほぼノーリスクであるし、外的要因も現実世界からすればかなり限定的だ
つまり、そのシミュレータという特殊な環境の中でタイムを出しているのであり、そのシミュレータならではの特殊な運転をしているに過ぎないのだ
ある意味、"危険度が増す"項で先述した「視野が狭くなる」そのものとも言えよう
そういった、ある意味でモドキ、ニセモノを扱っている事を自覚いただいた上で、100分の1秒、1000分の1秒を更新する無意味さを理解していただきたい
車輌やコースによるが、冒頭でも書いたように1秒くらいは誤差の範囲である
速さはうまさの絶対基準ではなく、パラメータの1つに過ぎないのである
もちろん遅いというのは運転技術のうまさ全体として不利であるし、速さがあるに越したことはない
うまさの総量が増えた結果、気づいたら速くなっていた
こうなっているのが理想的である
タイムは囚われてはいけない
参考にする程度に留めておくのが得策なのだ